「ねっ」って言えることの幸せ


先日、プラムを収穫して

食事を楽しみました^ - ^


久しぶりに木登りをしちゃいました〜


自然界は上手に循環していて


それぞれが

それぞれを認めて


ただ、そこに在るだけで

有り難い存在だと

受け入れているようにも見えます。



人間関係のすれ違いで

相手の無理解にがっかりすることもあります。



特に近しい人との関係だと

「わかってくれるだろう」と

思い込んでしまうから。



特に男女間では多い!



女性は愛

男性は理解 を求める傾向が強くなりがち。



いくら相性が良くても

産まれた環境、

育った環境も違うし


自分とは

別の人間なんだから


自分の全てを

わかってもらうことや


相手の全てを

わかることは出来ないのです。



…そもそも、

自分のことは一番自分が分かってなかったりも

するくらいなんだから。



全てはわからないけど、

わかろうとしたり、

ちがいを認めたりしていけたらと思うのです。



自然界のように

それぞれがそれぞれを認めて


ただ、そこに在るだけで

有り難い存在だと受け入れられると


おいしいねっ

気持ちがいいねっ

楽しいねっ


って、

共感できて


同じの時間を過ごす事ができる。



ただ、

そこにいてくれたから


喜びや楽しみも

万倍になっていくんじゃないかな。



それだけで

とても素晴らしい事と思えたら


今まで近しい人にこそ

側にいて当たり前と思い、


欲が出て

「もっとわかってよ」

「なんでわかってくれないの」って思いは薄らいで


◯◯だよねっ

「ねっ」って

言える相手がいることに

感謝が溢れていくよ。



今日もステキな1日を

愛を込めて


RiKA.


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 ©2018–2020  株式会社ワン・ストーリー|自分で人生をデザインする ライフデザインコーディネーター RiKA. 

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